作成者:東京女子医科大学糖尿病センター
三浦 順之助
はじめに
2009年、日本では約10年ぶりの新しい糖尿病治療薬としてインクレチン関連薬が使用可能となった。同薬には、DPP-4 (dipeptidyl peptidase-4)阻害薬とGLP-1 (Glucagon-like peptide-1)受容体作動薬があり、前者は2009年12月から後者は2010年7月から使用可能となった。
1.インクレチンとは
1902年、BaylissとStarlingが腸管粘膜抽出物質中に膵外分泌刺激作用を発見し、セクレチンと名付け、「消化管から膵機能を制御するホルモン分泌がある」という概念を提唱した。その後1929年にLa Barreらが腸管粘膜抽出物中の血糖低下活性物質の分離に初めて成功し、インクレチン(INCRETIN, INtestine seCRETion INsulin)と名付けたことが、この概念の発展の始まりである。インスリン分泌作用を有する主なインクレチンは、十二指腸のK細胞から分泌される胃抑制ポリペプチド(Gastric inhibitory polypeptide; GIP)と、回腸や結腸に存在するL細胞から分泌されるグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)の2つである。両者ともブドウ糖濃度依存性のインスリン分泌促進作用があるが、生体内では蛋白分解酵素であるDPP-4により分泌後数分以内に不活化される。そのため、GLP-1濃度を保持するために考えだされたのがDPP-4阻害薬である。また、GLP-1そのものを投与し、血中濃度を保つため、GLP-1の一部のアミノ酸構造を変更した薬剤がGLP-1受容体作動薬(GLP-1アナログ製剤)である。
2.インクレチン関連薬により期待できる治療効果
1)インスリン分泌促進作用 GLP-1は、ブドウ糖濃度に応じたインスリン分泌促進作用を有する。そのため、単剤での投与では低血糖は起こしにくい。 2)グルカゴン分泌抑制作用 β細胞の活性化によるインスリンや亜鉛イオンの分泌を介してグルカゴンを抑制する。インスリン分泌が枯渇した1型糖尿病でもδ細胞を介したグルカゴン分泌抑制作用が報告されており、GLP-1投与により抑制される。 3)食欲抑制作用、体重減少作用 DPP-4阻害薬では有意な食欲抑制、体重減少作用は報告されていないが、GLP-1製剤では食欲抑制および体重減少効果も報告されている。これは、GLP-1が視床下部摂食中枢に抑制的に働くことや、胃排泄抑制効果で食欲が低下することから体重減少に繋がると考えられる。 4)β細胞保護効果 動物実験ではGLP-1は、β細胞のアポトーシスの抑制、増殖促進、分化誘導などの作用も報告されている。 5)心血管系保護作用 GLP-1は心筋保護作用や血管内皮の障害抑制作用を併せ持っており、心血管系の合併症進展抑制にも役立つ可能性がある。
3.適応症
DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬ともに2型糖尿病患者のみ
4.インクレチン関連薬の種類
1)DPP-4阻害薬 現在、シタグリプチン(商品名「ジャヌビア」、「グラクティブ」)、ビルダグリプチン(「エクア」)、アログリプチン(「ネシーナ」)、リナグリプチン(「トラゼンタ」)の4種類が使用可能である。作用時間、投与量等は表に示す。シタグリプチン、アログリプチンは腎排泄であり、腎機能に応じた容量調節が必要である。一方、ビルダグリプチンは肝代謝であり、中等度以上の腎機能障害でも投与可能であるが、最大用量の設定を低くする必要がある。リナグリプチンは胆汁排泄型で、腎機能に関係なく用量は一定で投与が可能である。
2011年11月現在 ※SU薬(スルフォニルウレア薬)
2)GLP-1受容体作動薬 GLP-1受容体作動薬は注射薬で、リラグルチド(「ビクトーザ」)、エキセナチド(「バイエッタ」)の2種類が使用可能である(表参照)。リラグルチドは1日朝1回0.3mg/日の投与から開始し、1週間以上かけて0.3mgずつ0.9mg/日まで増量する。エキセナチドは朝夕2回、各5μgより開始し、効果や症状により1回10μgまで増量する。GLP-1受容体作動薬の投与方法は皮下注射のみであり、各製剤ともインスリン同様ペン型注射器での投与である。注射針の規格もインスリンと同一である。
2011年11月現在 ※SU薬(スルフォニルウレア薬)
5.副作用
DPP-4阻害薬は、単独投与では低血糖を起こしにくいが、発売当時、特に高齢者や腎機能低下症例でSU薬との併用時の重症低血糖が報告された。そのため2010年4月に日本糖尿病学会(JDS)からSU薬との併用時はSU薬を減量するよう勧告が出された(JDS HP参照)。その他、嘔気、便秘、肝機能障害などが報告されている。稀なものとしては、急性腎不全、間質性肺炎、膵炎などである。 GLP-1受容体作動薬でも、DPP-4阻害薬と同様嘔気、便秘などの消化器症状が認められる。重篤な副作用としては、低血糖、膵炎に注意が必要である。
6.今後の治療の展開の可能性
2011年9月からシタグリプチンとインスリンとの併用療法が可能となった。日本人第Ⅲ相試験では、シタグリプチンとインスリンとの併用で、16週間後のHbA1cが0.9%低下した。海外の報告では、グラルギン(「ランタス」)とメトホルミンで治療中の2型糖尿病患者に①エキセナチド、②シタグリプチンを加えた群、③何も加えなかった群を比較した8週間後の結果では、HbA1cが①1.8%、②1.49%、③1.23%の低下、体重も①で最も低下した。今後、インクレチン関連薬と他の糖尿病薬、およびインスリンとの併用療法の効果も期待される。
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